米山 優 (情報学)


フランス語のすすめ

米山 優
(情報学、名古屋大学大学院情報科学研究科教授)

  私は世の中にはびこっている<英語帝国主義>みたいのが嫌いです。さて、ほとんどの日本人は高校までに英語を学び、大学に入って第二外国語を履修するに当たっては中国語を選択する人が増えているといいます。なぜなのでしょう? 英語にしろ中国語にしろ、まあ、よく聞く答えは「役に立ちそうだから」というものです。では、どんな場面で役に立つのでしょうか? 英米や中国の古典とか現代文学を読むのに役立つなんてことは、きっと考えていませんよね? 就職に役立つ、かな? そうかも知れない。でも、就職に役立たないことは、やらないんですか? 就職予備校化した今の大学では、「そうに決まってるじゃん」とか言われそうですが・・・。しかし、人はパンのみに生くるにあらず、と。まあ別にそこまで言わなくても、楽しみにはいろいろあるのに、フランス語圏(そしてさらに拡げてラテン語系)の文化を学ばなくて、それこそ損だとは思いません? 「だったらもっと具体的に話してよ!」って言われそうですね。ということで、少し列挙しちゃいましょう。

フランス・ロマネスクの中世教会建築群、いいですよぉ。新旧両教会の信者を両親に持ったモンテーニュの悩みと諦観、いいですよぉ。フィレンツェのメディ家から料理人を引き連れてフランス国王にお嫁入りしたカトリーヌが伝えた料理を洗練させたと言われるフランス料理、いいですよぉ(いろんなチーズも素敵!)。すべてを一からやり直す感じで近世哲学の出発を語るデカルトの哲学、いいですよぉ。歯痛を我慢するために数学をやったりもするというとんでもないパスカルのこれまた宗教的悩み、いいですよぉ。恋愛の機微をとことん書き記すフランスの心理小説、いいですよぉ(二十歳前に読んだフロマンタンの『ドミニック』やコンスタンの『アドルフ』、そしてネルヴァルの(『火の娘たち』の中にある)『シルヴィ』なんて今でも印象的な一節が思い浮かんだりする)。元娼婦と結婚し、神経衰弱に陥り、自殺未遂までしながら実証主義哲学を創りあげ、社会学の祖ともなったオーギュスト・コント、いいですよぉ。そのコントの生まれた地中海岸、ゴッホも愛したプロヴァンス地方の太陽と古代ローマ時代の遺跡や料理、いいですよぉ。私が、若い頃、元気が無くなると読んでいた『創造的進化』をはじめとするベルクソンの哲学、いいですよぉ。そして、私の大好きなアラン。フランス散文の一典型をプロポという文体として完成し、人間の歓びや悲しみ、ひとことで言って情念についてとことん考察し、美学へと昇華させるアラン、いいですよぉ。それに、情報の哲学の分野でもピエール・レヴィを代表としてフランス系は元気なんです。

人に何かをすすめるって、やっぱり自分がそれを好きでないとね。いやー、フランスってホントにいいですねぇ。それをきちんと知るためには、フランス語を学ばなくちゃ!! ちなみに、私もフランス語の初級教科書を共著で出しちゃったりしています。

最後に、学び方についてちょっと。授業に出る前にこれまでやった文法事項を1ページから全部読み直した上で出席するといいですよ。毎回ね! それから会話部分は全部憶えちゃいましょう。それも文字を見ながら憶えないで、シチュエーションと音で憶えるのがコツ。ではでは。

 

米山 優(よねやま まさる)
1952年 東京生まれ。一橋大学経済学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科(哲学専攻)単位取得退学。1982年 名古屋大学教養部講師。同助教授などを経て、2003年 名古屋大学大学院情報科学研究科教授。専門は、情報学、哲学。著書に、『モナドロジーの美学』(名古屋大学出版会 1999年)、『情報学の基礎』(大村書店 2002年)、『自分で考える本』(NTT出版 2009年)、『情報学の展開』(昭和堂 2011年)など。