古橋忠晃先生のコラム連載(雑誌「ふらんす」白水社)

今年の4月号から雑誌「ふらんす」(白水社)で、全学教育科目「文化事情(フランス)I」を例年ご担当いただいている古橋忠晃先生によるコラムが連載されています。古橋先生には今年度も「現代のフランス青年の社会的不適応と精神医学」について講義していただきますが、それとも関連する内容ですので、ぜひコラムの連載を読んでみてください。

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フランス語中級クラス分け

下記の通り、2020年度春学期、フランス語中級のクラス分けを決定(追加・修正の可能性はあります)しましたので、お知らせします。

追加分

11800816 A

11900823 B

11900322 B

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春学期 言語文化II中級のクラス分けについて

クラスは下記の通りです。それぞれのシラバスも選択の参考にしてください。

A: 火曜1限 Baumert先生担当
B: 金曜2限 鶴巻先生担当

言語文化II中級の履修を希望する場合は、下記の手続きを行ってください。なお当科目は文系の学生は必修です。また、再履修の学生も同じ手続きを行う必要があります。

4月1日から4月7日の期間中に、

ogurisu.hitoshiアットj.mbox.nagoya-u.ac.jp

まで、下記のメールを送付してください(添付書類ではなく、メール本文の送信です:アドレスのアットは@に置き換えてください)。

メール題名:中級クラス分け
メールの中身( )内の部分のみを記入
******************************************
氏名:( )
ひらかな氏名:( )
学籍番号:( )
第一希望クラス(AかB):( )
*******************************************

記入例
*******************************************
名大太郎
めいだいたろう
000000000
A
*******************************************

クラス編成の都合により、第一希望が叶えられない場合もありますので、ご了承ください。
4月8日にクラス分けを本ページに記載します。
(担当者:小栗栖)

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クリストフ・ガラベ先生ご着任

2019年10月より、クリストフ・ガラベ先生が名古屋大学人文学研究科にご着任され、フランス語小部会のメンバーとなりました。

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21019年度秋学期フランス語中級クラスわけ

2019年度秋学期フランス語中級のクラス分けは次の通りです。

 

*「クラス分け希望申請書」を提出したのに自分の学籍番号がない場合、「クラス分け希望申請書」を出し忘れた場合は、至急小栗栖までメールで連絡をしてください。

 

上記に記載されたクラス以外の履修登録はできません。第一回目の授業の際に、指定されたクラスに出向き、必ず、担当教員に受講申請表を提出したうえで、10/2-10/9の間に、履修登録を行なってください。なお、鶴巻先生は第一回目の授業が二週目になりますので、別途指示がありますので、そちらにしたがってください。

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鳥山定嗣先生御着任

この四月より、鳥山定嗣先生が名古屋大学人文学研究科仏語仏文学教室にご着任され、フランス語小部会のメンバーとなりました。

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2018年「文化事情(フランス)1」

2018年度秋学期に提供される「文化事情(フランス)1」のポスターができました。
ストラスブールへの短期留学を希望する人には必修の科目になりますが、希望しない人でも受講は可能です。
多様な面からフランスを眺める絶好の機会になりますので、ぜひとも受講をご検討ください。

2018文化事情(フランス)1ポスター

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小栗栖等教授の着任

2017年4月1日に小栗栖等教授が着任しました。

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「メディアとフランス」、お世話になりました (河村雅隆)

河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)

 私事で恐縮ですが、この春をもって名古屋大学を離れることになりました。7年の間、まことにお世話になりました。元々メディアの世界しか知らなかった自分をフランス語科の先生方をはじめ研究科の皆様は暖かく迎え、ご指導下さいました。授業を一緒に作ってくれた学生の皆さんにも心から感謝します。

 着任した当時、自分がフランス語科のHPに記事を書くようになるとは夢想だにしませんでした。ですから飯野和夫教授から「何か書かないか」とお誘いをいただいた時は大いに迷いました。しかし、「何事もやらないよりやった方がいいだろう」と考え、拙文を載せていただくことにしました。お読み下さった方、貴重な感想やご教示をいただきました方々に、この場を借りて深く御礼申し上げます。

 連載の内容は「メディアとフランス」というタイトルでありながら、だんだん政治や社会一般のことに広がっていってしまい、忸怩たる思いがします。しかし私は、メディアというものはそれだけで独立し、完結した領域であるというふうには考えていません。政治、経済、文化、歴史などあらゆることが関わってくるのがメディアです。メディアに関する勉強も同じことでしょう。メディアコースの学生諸君には「世の中のことは全部はつながっているんだ。だから幅の広い好奇心を持ちなさい」と繰り返し言っております。

 そのように偉そうなことを言ってはおりますが、自分自身が書いてきたものを眺めると、何十年かメディアの世界で仕事をしてきて、また多少勉強もしたつもりだけれど、形になったものはこれだけかという気がします。書家の篠田桃紅さんは「人生、やり尽くすことはできない。いつもなにかを残している」と言っておられます。篠田氏に比するのはおこがましい限りですが、その言葉に深い共感を禁じ得ません。

*          *          *

 連載の中では、メディアをめぐる制度や制約についても何回か触れてきました。私はメディアの編集権や言論の自由というものは、最初から確立されたものとして存在している訳ではなく、日々の葛藤や格闘の中で彫琢されていくものだと考えています。学生諸君と話していると、彼等が編集権や言論・取材の自由といったものをどこかからか、あたかも「配給」されたもののように感じているふしがあって、「そうじゃないんだよ」と言いたくなることもあります。

 また私は、メディアに関してどんなに素晴らしい制度が作ったところで、それを動かしていくのは結局人間だとも考えています。その意味でメディアに関係する人々(それはメディアに日々接している方々ももちろん含んでのことですが)の見識と力量が常に問われているのだと思います。マックス・ウェーバーは「一国の政治は所詮、その国の国民の民度以上に出るものではない」と喝破しましたが、メディアについても同様のことが言えるのではないかと思います。

 人生を長く生きてきて、人間と人間の間には絶望的なまでに深い川が流れているのかもしれないと思うことが増えました。しかしそこにか細い橋を架けようという試みが、表現であったりメディアの仕事であったりするのかもしれません。

 最後に贅言を申しました。皆様のますますのご発展を心よりお祈り申し上げ、御礼の言葉とさせて頂きます。

 

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放送を規制・監理する機関のあり方(日米仏) (河村雅隆)

河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)

現在、日本において放送関係の規制や電波監理の業務を担当している機関は、国の行政官庁である総務省である。我々日本人は、総務省の前身である郵政省という役所があった時代から、放送関係の業務を行政官庁が担当することを当たり前のように考えてきたところがある。しかし実は、行政官庁が規制・監理にあたるという放送行政のあり方は、世界の先進国の中では例外的なことと言ってよい。

世界の放送界に圧倒的な影響を与えてきたのはアメリカだが、米国において放送と通信に関する行政を担当しているのは連邦通信委員会(FCC)という組織であって、この委員会は一般の行政官庁とは異なる「独立行政委員会」と呼ばれる性格を有している。FCCは放送免許の交付と更新を決定する「裁定権」だけでなく、放送と通信に関する規則を制定する「準立法権」をも有する、きわめて強力な機関だが、通常の行政官庁がそうした権限を行使している訳ではない。

今回のテーマは、フランスの放送規制・監理機関である視聴覚高等評議会(CSA)の性格についてだが、そのためにはまず、世界の放送における規制・監理機関のプロトタイプであるFCCについての説明から始めなければならない。

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独立行政委員会としてのFCCが設けられたのは、第二次世界大戦以前に制定された1934年通信法によってである。この法律は近代国家の統治機構の中でユニークな性格を持つ「独立行政委員会」という機関を誕生させた。近代の国家は言うまでもなく立法、行政、司法という三権によって構成されている。しかし、合議制の機関である独立行政委員会はそれら三つのいずれにも属さず、「第四の権力」と呼ばれることもある存在である。この独立行政委員会は業務遂行の責任を、国民の代表である議会を通じ、国民に対し直接負っている点に特徴がある。現在、アメリカの独立行政委員会には他にSEC(証券取引委員会)やITC(国際貿易委員会)などがあって、それぞれ活発な活動を展開しているが、FCCは独立行政委員会のはしりのような存在だった。

では、なぜ放送行政の分野で独立行政委員会という制度が設けられたのだろうか。その理由は明らかだろう。ひとつは、放送という政治的中立と公正が求められる分野の行政に、権力や政党が影響を与えたり圧力をかけたりすることを極力困難にしようというねらいからだった。もうひとつは、放送や通信に関する行政には高度な専門性が要求されるから、専門知識を備えた専門の委員会を設け、そこに規制・監理業務を任せるのが適当だと考えられたからである。

FCCを構成しているのは5人の委員(コミッショナー)である。委員の人選にあたっては上院の厳しい審査が行われ、大統領は議会の審査を通過した委員の中から委員長を指名する。アメリカの政治は民主・共和両党による二大政党制の下で動いているが、ここで興味深いのは委員5人のうち3人までは民主・共和どちらの政党に所属していてもよいとされていることである。各委員がどの政党の党員であるかは、FCCのホームページの委員紹介欄にも明記されている。

我々日本人から見ると、独立行政委員会という制度は放送行政への政治の介入を困難にする趣旨で導入されたのに、委員が特定の政党に所属することが公認されているというのは理解しにくいことかもしれない。しかしそもそも、FCCという組織は二大政党制というものを前提とした制度なのである。「委員長や委員は社会全体のために奉仕すべきパブリック・サーバント(公僕)だが、そのことと委員が二大政党のどちらの政党に属しているかということとは何ら矛盾しない」と多くのアメリカ人は考えるのである。そして現在、先進国の多くではFCCのあり方に倣うかたちで、三権から独立した放送や通信の規制機関が設けられている。

ちなみに日本にも独立行政委員会は存在している。国家行政組織法第3条で定められた、「三条委員会」と呼ばれる機関がそれで、公正取引委員会、中央労働委員会などが代表的なものである。しかし独立行政委員会の活動の影響力と権威はアメリカのそれに及ばないといっても過言ではないだろう。

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あまり知られていないことだが、戦後の日本でも一時期、放送に関してアメリカ型の独立行政委員会が設けられたことがある。1950年、日本では放送法、電波法、電波監理委員会設置法のいわゆる電波三法が制定されたが、その中のひとつ、電波監理委員会設置法によって設けられたのが電波監理委員会だった。

その頃、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって占領統治されており、電波監理委員会の設置はGHQの強い意向に基づくものだった。当時の吉田内閣はGHQに対し、アメリカ型の独立行政委員会の導入は行政の責任の所在を曖昧にするものだと主張し、激しく抵抗したが、マッカーサー元帥は吉田首相に宛てて書簡を送り、日本側の反対を押し切った。こうして生まれた電波監理委員会は、いわばFCCの日本版だった。

 電波監理委員会は国会の同意を得て首相が任命した委員長と6人の委員によって構成された。しかしこの電波監理委員会はサンフランシスコ平和条約によって日本が独立を回復するや、1952年に廃止され、放送行政は郵政省(当時)の所管へと移行した。最初に述べたように、現在の日本のようなかたちで行政官庁が放送行政に直接関わる形態は、先進国においては例外なものとなっている。

その後、日本では「放送行政の面で独立行政委員会型の組織を復活すべきだ」という声は断続的に上がった。2009年秋の政権交代の後、与党となった民主党からは「放送行政は行政官庁ではなく、独立行政委員会型の機関に委ねられるべきだ」という意見が出されたが、以後具体的な動きにはなっていない。

現在、日本では三条委員会の委員長など、「第四の権力」の中でも特に重要なポジションの人事を内閣が行う際には、国会の同意が条件となる場合がある。いわゆる「国会同意人事」と呼ばれるものである。NHK会長を任命する権限を持つNHKの経営委員も、国会の同意を得て初めて選任されることになっている。

NHKの経営委員が国会同意人事の対象となっているのは、国会を通して国民各層の意思を委員の選任に反映させよう、という意図からである。しかし、国会による同意が形式的なものとなっているという批判は根強い。国会同意人事とは言っても、委員長や委員の候補者を呼んで、その人物の考え方、識見を徹底的に問う、アメリカ上院のような審議はほとんど行われていない。

歴史に「もしも」は禁物だが、電波監理委員会が廃止された時、それと引き換えるかたちで、議会が経営委員の候補者の徹底的な審査を行うことを制度化すべきだった、と指摘する声もある。

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1970年代後半以降、フランスの放送行政は目まぐるしく変遷を続けた。ドゴール大統領の時代からずっと放送を独占していたORTF(フランス放送協会)は1974年、ジスカールデスタン大統領によって解体され、次の政権を担った社会党ミッテラン大統領は放送の民営化を進めた。

自由化に伴い、フランスでは自由化された放送を規制・監理する機関が設けられた。いくつかの組織が生まれ、そして改組された後、1989年、視聴覚高等評議会(CSA)が誕生し、以後これが規制・監理機関として定着している。2015年6月20日付の本欄で、「フランス語音楽割り当て制度」についての文章を書いたが、この制度に関する放送局への監視業務も視聴覚高等評議会が行っている。

創設された当時のCSAの委員の選出方法は独特で、大統領、上院議長、下院議長がそれぞれ3人の委員を指名し、委員長は大統領が指名することになっていた。委員のこうした選任の仕方はフランス独特と言ってよいだろう。フランスには法律が憲法に違反していないかなどを審議する憲法院(憲法評議会)という組織があるが、憲法院の裁判官もCSAの委員の場合とまったく同じように選任されているのである。

その後、CSAの委員の選出の仕方は修正され、委員の数は2人減って7人になり、また大統領が指名できるのは委員長1人だけとなった。上下両院の議長による指名については、議会の文化委員会の議員の5分の3以上が選任に賛成することが求められるようになった。これによって、委員の選任に野党の意向も反映されやすくなったとされている。

このように、フランスの放送規制・監理機関であるCSAについては、議会の監視機能が強化された。しかし私の理解では、CSAはアメリカ型の独立行政委員会とはかなり性格を異にしている。CSAは担当する業務の責任を、国民の代表である議会に対して一義的に負っている訳ではないからである。

とは言え、中央集権で「上から下へ」の性格が圧倒的に強かったフランスの行政において、こうした委員会が生まれ、今日まで定着してきたのは画期的なことだろう。

「放送や電波に国境はない」と言う。もちろんその通りだ。ただそれはニュースや番組などの情報が直ちに他の国に伝えられて、そこでも大きな影響を与えるということだけでなく、放送のあり方や仕組みも互いに影響しあったり反発したりするということなのである。放送の歴史を紐解いていると、そうしたことに気がつくことが多々ある。

 

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