山田鋭夫(経済学):フランス語の香り

フランス語の香り

       山田鋭夫(経済学、名古屋大学名誉教授)

 

私は大学を定年退職しましたが、それでもいま、仕事盛りのみなさんといっしょに経済学の共同研究プロジェクトに参加し、忙しい毎日を過ごしています。そんななかで外国語といえば、英語のほかにフランス語にもよく接します。

経済学というと「英語」というイメージが強いかもしれませんが、どうも英語圏の経済学はあまりに「市場」中心的な視野の狭い経済学が多い。これに対してフランスの経済学は、政治・経済・社会・歴史を切り離さずに、広い視野から問題としており、そこに魅力を感じています。私がかかわっている「レギュラシオン(調整)理論」という新しいフランス経済学は、抽象的な一般理論ではなく、経済社会を歴史的に「変化」していくものとして具体的に把握しようとします。きっとみなさんも親近感を感じる経済学だと思います。

現代経済の動きを解明しようと、いまフランスの研究者たちとの共同研究を進めています。フランス語メールのやり取りや会話も、毎週毎月のように必要になります。会話はなかなか上達しませんが、ある程度のフランス語の基礎を学べば、少々まちがったフランス語でも通じるものです。送ったメールを後で読み直してみると、まちがいだらけで冷や汗ものですが、それでもちゃんと返事は返ってきます。

若いみなさんには「失敗を通じて学ぶ」という特権があります。私など若い頃、パリのカフェレストランで「マス(truite)のムニエル!」と頼むつもりが、どういうわけか「カメ(tortue)のムニエル!」と言ってしまい、それを聞いたギャルソンが、大変に上手な日本語で「わしゃ知らんでぇー!」と叫んで、店の奥へすっ飛んで行ってしまいました。おかげで以後、私はこの2つの単語をしっかりと覚えることになりました。

英語では「マス」はtrout、「カメ」はtortoiseですね。ことほど左様に、英語とフランス語は語源を同じくする語が多いのです。だから、他のどの言語を学ぶよりもフランス語を学んだ方が、英語そのものにも強くなることができるのではないでしょうか。それに、フランス語の発音はきれいですね。意味はわからなくても、聞いているだけでまるで音楽のように心地よい気分に誘われることもしばしばです。香りがあるのです。

かく言う私は大学入学時、語学の選択で大いに迷いました。いろいろ悩んだあげく、私は「第二外国語」をドイツ語にし、フランス語を「第三外国語」としたのです。「第二」は必修で週4コマほどありましたが、「第三」は選択科目で週1コマです。がんばって2年間続けました。あまり力がついたとは思いませんでしたが、それでも細々ながら2年間つづけたことは、以後のフランス語の勉強に大いに役立ってくれました。

「カメのムニエル」から「レギュラシオン」まで、取りとめなく書きましたが、フランス文化には何といっても「華」がありますね。料理、ファッション、現代思想、芸術……。フランス語を通してそういった文化の香りに触れることは、きっとみなさんを人間として大きく育ててくれることと思います。

山田鋭夫(やまだ  としお)
現在、名古屋大学名誉教授。専門は経済理論・現代資本主義論。
名古屋大学経済学部卒業、名古屋大学大学院経済学研究科博士課程中退。経済学博士。
主な著書に『レギュラシオン・アプローチ』藤原書店(1991)、『レギュラシオン理論』講談社現代新書(1993)、『さまざまな資本主義』藤原書店(2008)などがある。

(2013年6月11日公開)

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