河村雅隆: フランスは資本主義と相性が良くない?

河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)

1990年代初め、ヨーロッパで放送の仕事をしていた時からずっと、ルモンド紙とは長いお付き合いである。フランスの外では週間版の直接購読を続けてきた。読み方は昔に較べると随分粗っぽくなってしまったが、それでも東京、大阪・奈良、札幌、ニューヨークで読み続けてきたのだから、ルモンドからは「永年購読者表彰」をしてくれたっていいくらいのものだ、と思う。ところが、現実はどうもそれとは正反対である。

先日、ルモンド紙から「まもなく直接購読の契約期間が終了する。更新の意志はあるか」という問い合わせの手紙が来た。もちろん続けるつもりだったが、申し込み書類の「購読期間を何年にするか」というところでちょっと迷った。毎年更新手続きをするのは面倒だし、長期間の契約を選択すれば料金の割引率もかなり高くなるので、最長の2年という期間は魅力的だったが、「いや待てよ」と考え直した。「もしその2年の間に引越しをするようなことになったら、厄介だな」という思いが頭をよぎったのである。新聞の住所変更手続きについては、あまり愉快な思い出がない。

名古屋に来る前はニューヨークでルモンドを直接購読していた。名古屋に転入するにあたって、NYからフランスの新聞社に新聞の送り先の変更を依頼した。ただその時点では、新しい住居の番地は知っていたが、正確な部屋番号までは承知していなかった。こちらに落ち着いてから変更の連絡をすればよかったのだが、「空白の期間」が生じるのがいやだったので、部屋番号まで書かない通知を、「所番地が間違っていなければ届くだろう」と新聞社に送った。こちらに着いて部屋番号が確定してから、すぐに正確な住所表示を送り直したのだが、いくら連絡しても正しい住所に更新されない。その間、新聞は毎週、同じ集合住宅にいる私とよく似たお名前の方のところに届いてしまい、キツイお叱りを頂戴してしまった。

毎年この時期のルモンドを見ていると、「直接購読をしている方のために、海でも山でもレジャー先に新聞を転送するサービスあり」などというお知らせが出ている。しかしその時の経験から、本当にそんなきめの細かいサービズができるんだろうか、と思ってしまう。

毎年のことだが、直接購読の延長手続きを取った後になっても、新聞社からは「あなたの契約はまもなくexpirerする。契約を延長しないのか」という通知が何度も届く。そうすると、こちらも「こちらからの手紙は未着なのかな」とだんだん心配になってくる。(最近では、先方からはこちらからの手紙を受け取ったという、確認のメールが届くようになった。大変な進歩である!)

たかが新聞の直接購読のことで何と大袈裟な、とお思いの方もあるだろう。しかし、こういったことは実際のビジネスでも同じように起こっていることなのだ。以前、フランスの放送局と放送番組の販売や購入の仕事をやっていたが、フランスの担当者から届く伝票のあて先には、私がそのポジションに着く何代も前の人の名前が記されていた。何度、宛名を変更してくれと依頼しても、はかばかしい効果はなかった。フランスの組織は横の連絡が非常に良くないから、放送現場は経理セクションにしっかり依頼や指示をしないのだろう。おかげでこちらは、会社の経理セクションから「いつになったらちゃんとした伝票が来るようになるんだ」と、ここでもお目玉を食ったものだ。

また、担当者が交代した場合の引き継ぎも、フランスの企業はきわめていい加減だ。日本の企業では当然行われる申し送りとかいうものは、行われているのだろうか。それどころか、後任の人は前任者のやり方をすべて変えよう、ひっくり返そうという傾向がきわめて強いように感じる。

ルモンドの住所変更の一件は、パリ在住の友人に泣きついて、直接連絡を入れてもらい、何とか片がついた。ホッとしたけれど、「金を払っている方の人間が何でこんなに苦労するんだ」という思いは、ここでも感じた。

新聞の予約のことや番組の購入や販売のことから一気に大きな話になってしまうけれど、フランスという社会は資本主義と相性が良くないのではないだろうか。フランス人、特にフランスのエリートと話していて、彼等の頭の片隅に(?)あるらしい「国家性善説、企業性悪説」みたいなことを感じたことは何度もある。とまれ、基本的にエリートの社会であるフランスは、「全員が知恵を出して汗をかいて」といった仕事の進め方は苦手なのだろう。日本に暮らすフランス人が、日本の宅配システムをmiracleと言うのは、けだし当然だろう。いつも学生に言っていることだが、どの国や社会が良いというのでなく、それぞれが違っているということを認識することは大事なことだろうと思い、こんな文章を書いてみた。

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