町田 健 (言語学)

 

フランス語は素晴らしい

町田 健 (言語学、名古屋大学大学院文学研究科教授)

日本、アメリカ、中国など、世界にはたくさんの国がありますが、「おフランス」のように「お」をつけて丁寧語にできるのはフランスだけです。フランスはそれだけ、日本人にとって憧れの国なのです。その「おフランス」で使われている言葉、それが「フランス語」です。

フランス語はむずかしいと思っている人がいますが、そんなことは全然ありません。動詞の活用が複雑なように見えますが、複雑に見えるのは不規則動詞だけです。不規則動詞でも、現実の発音ではそれほどでもなく、書いた時に少し複雑に思えるだけです。しかも、書いた時の活用も、実際にはほとんど規則的に文字を加えればいいだけで、英語の不規則動詞を覚えるのに比べても、それほど大変ではありません。

イギリスは、11世紀の終わりから300年間、フランス語を話す国王に支配されました。そのせいで、英単語の半分近くは、もとはフランス語です。River も mountain も beef も pork も、とにかくよく使われる英単語の多くはフランス語起源です。ですから、英語を知っている人間には、フランス語の単語を覚えるのは相当に簡単です。

ルーブル美術館にあるエラスムス(ルネサンス期の人文学者)の絵

英語では、アクセントのない母音は非常に弱くあいまいに発音されます。たとえば、formidable<恐ろしい>は、「フォーミダブル」と発音されることはなくて、実際には「フォーマダバウ」のような感じの発音になります。ところがフランス語では、母音はすべてきちんときれいに発音されます。同じ綴りの単語は、フランス語では「フォルミダーブル」のように、わかりやすく発音されます。このしくみは日本語と同じです。母音をきれいに発音するのが、美しく聞こえることの前提条件なので、だからこそフランス語は美しい言語だと言われるのです。

ナポレオンの棺

フランスは今でも文化や芸術で世界をリードしています。だから、フランス語を話せることは、アメリカでもヨーロッパでも、尊敬の対象になります。アメリカにはスペイン語しか話せない人が何百万人もいるので、スペイン語を話せることは別に珍しいことでもありません。フランス語はそうではないので、フランス語を使えることには高い価値が与えられるのです。

ヨーロッパには、スイスやベルギーのように、フランス語と、それ以外の言語を公用語にしている国があります。そういう国でも、人々が話したいと思うのはフランス語です。

フランス語は、このように学びやすいし、上達すれば高い付加価値のある言語です。それに、フランス人は日本人と日本文化が大好きです。フランス語が使えれば、フランス人、そしてフランス語圏の人たちと、もっと仲良くなれるでしょう。皆さん、この素晴らしい言語フランス語を、是非勉強してうまくなりましょう。

 

町田 健(まちだ けん)
名古屋大学大学院文学研究科教授。専門は言語学。
1957年福岡県生まれ。1979年東京大学文学部卒業。1986年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。東京大学助手、愛知教育大学、成城大学、北海道大学助教授を経て現職。著書:『言語学が好きになる本』、『言語が生まれるとき、死ぬとき』、『まちがいだらけの日本語文法』、『ソシュール入門』、『チョムスキー入門』、『大人のための国語授業』、『言語世界地図』、『日本語の正体』、『言語構造基礎論』など。
1985年から86年まで、フランス政府給費留学生としてストラスブール大学ロマンス語学研究所に留学。
(写真は2012年3月撮影)