河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)
去年の12月、フランスでは州(地域圏=Région)議会の選挙が行われた。その第一回投票において各地で極右の国民戦線(FN)が躍進し、いくつかの州では第二回投票の結果次第では第一党の座を獲得し、議長(行政の最高責任者)の地位を確保するのではないかという事態に至ったことをご記憶の方も多いだろう。そのニュースを耳にした時、「フランスにも州なんてものがあるのか」と驚かれた方もいるかもしれない。
その動きを伝えた日本のメディアの中には、Région の訳語として「州」という言葉を使った放送局もあったが、他に「地域圏」、あるいは「広域地域圏」という語を用いた新聞社もあった。Région という言葉の訳語の統一はまだ出来ていないようだが、ここでは「州」という語を使用して話を進めることにしよう。
とにかくフランスの地方制度は複雑である。それは何よりも国家の枠の下に、市町村(コミューヌ)、県(デパルトマン)、州という三層の自治体が存在しているからである。アメリカの州だったら誰でも知っているが、フランスの州とは一体どのようなものなのだろうか。
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「州」というものが誕生した発端は、ドゴール大統領が提唱した「地域経済圏構想」にある。フランスの地方行政の基本単位である「県」は元々、大革命の直後、人為的に線引きして作られたものであり、その外縁は県庁所在地から馬車で48時間以内に往復できる範囲と定められていた。具体的には、県都からほぼ半径40キロメートルの地域が、平均的な県の大きさとされたのである。しかし20世紀も後半になると、そんな小さな範囲の中だけで経済や社会的な活動が完結することなどありえなくなった。
ドゴールは急速に広域化する経済活動に対応するために、県の枠を超えた大きな行政単位を設け、効率的で計画的な行政を行おうと考えたのである。ドゴールのこの方針は彼の後を継いだポンピドゥー大統領に引き継がれた。ポンピドゥーは1972年、複数の県によって構成される行政単位である「州」という制度を正式に創設し、27の州に特別地方公共団体という資格を与えた。
ポンピドゥーの後、政権を担ったジスカール・デスタン、ミッテランの両大統領は、右派出身左派出身という違いに関係なく、地方分権化を加速させた。そして1982年にはミッテラン大統領によって、州は直接選挙によって選出される議会を備えた、完全な自治体となったのである。
州の創設にあたって、その名称には大革命以前の行政区分であった「旧州」の名前が採用された。AquitaineとかAuvergneなどがそれである。日本で陸奥とか西海道といった、律令時代の名前が現代の行政単位として蘇ったと仮定してみれば、1982年の改革がフランス人に与えた衝撃の大きさが想像できるだろう。新設された州の仕事は一義的には域内の複数の県を対象にした社会・経済計画を、全国的な計画と整合させながら遂行していくことにあったが、社会活動の一層の広域化とともにその役割は大きくなる一方である。
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しかし、この州という制度フランス人の間では必ずしも評判が良いとは言えないようだ。私はフランス人から、「三つものレベルの地方自治体が存在することは複雑すぎて、行政は効率的になるどころか非効率になっている」とか、「自治体の三層構造は公務員の数を増やしただけだ」という批判を何度も聞かされたことがある。ましてや我々外国人にとって、フランスの地方制度はきわめて分かりにくいとなっている。中でも我々にとって理解しにくいのは、行政の責任者と議会との関係ではないだろうか。
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現在のフランスの地方制度では、州における行政の最高責任者は、州議会が選出する州議会議長であり、議長には州の行政のすべての案件に関与し、決定する権限が与えられている。ミッテラン大統領が制定した1982年5月2日法は、議長が州の予算を提案し執行することを規定し、この議長が州の行政部局を統括しているのである。
フランスでは州と同様、県においても行政の最高責任者の座にあるのは議会(県議会)の議長である。1982年の改革以前、各県には大統領が任命する県知事がいて、行政を執行していた。しかし「民主的な地方自治」を掲げたミッテランの改革によって、県知事は県における行政の長としての地位を失い、行政は県議会が選出する議長によって執り行われることになった。つまり県議会議長が実質的な県知事となったのである。
中央から派遣されてくる県知事という国家公務員は今も存在しているが、1982年以降、彼等の業務は、県内にある国の出先機関を国の代表者として監督することに限定され、「知事」という名称も「共和国委員」に変更された。(その後、知事という職名は復活したが、その職務内容は1982年以前とは全く違っている。)州の場合も、行政の最高責任者が議会の長であることは全く同様である。
前にも書いたことだが、他所様の国のことを理解するのは本当に難しい。私自身、外国の社会や組織のことを取り上げて番組やリポートを作ったことが随分あるが、「あれで本当に間違いなかったのだろうか」と今頃になって不安になったりすることがある。
(参考)
『フランスの行政』(下條美智彦、1996 早稲田大学出版部)
Legifrance (Le Service de la diffusion du droit)
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