河村雅隆: クリスマスカードを手にして思ったこと

河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)

毎年この季節、外国から沢山のクリスマスカードを頂戴する。昔ヨーロッパやアメリカで一緒に仕事をした方たちが、今も忘れずにカードを送って下さることに本当に感激する。ひとつひとつ丁寧に拝見した後、彼等がよくするようにカードに糸を通し、部屋の中にぶら下げて飾る。

ただカードの真ん中に大きな文字で記されている文句をよく見ると、それらは「シーズンズ・グリーティング(季節のご挨拶)」というものであったり、「ハッピーホリデーズ」といったものであったりする。「メリークリスマス」という文字はどこにも見当たらない。10年くらい前までは、「メリークリスマス」と書かれたカードもあったように思うが、そうした言葉は、少なくともアメリカからのカードでは完全に姿を消してしまった。※

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「メリークリスマス」という言葉が消えてしまったのは、「社会にはキリスト教を信じる人以外に、キリスト教徒以外の多くの人たちがいるのだから、そうした人たちに配慮して『メリークリスマス』という文句は遠慮しよう」ということからである。例えばユダヤ教徒はイエスの中に神性を見ない。つまりイエスは信仰の対象ではないし、その誕生は彼等の祝い事ではない。ユダヤ教徒以外にも、欧米の社会にはイスラム教徒も仏教徒も数多く暮らしている。そういう人たちの存在に配慮するかたちで、クリスマスカードから「メリークリスマス」の文句が消えてしまったという訳である。

先日、私は教室でクリスマスカードを示しながら、欧米の社会は社会の多様化が進む中、そのような配慮をしているのだが、それをどのように思うか、と学生に訊ねてみた。学生の答は、「社会を構成している様々な信仰を持つ人たちに配慮することは当然だ」という意見が大体半分。「クリスマスの行事は今や必ずしもキリスト教の信仰と直接結びついていないかもしれないのだから、そこまですることはないのではないか」という声が四分の一くらい。残りは「アメリカやヨーロッパは元々キリスト教の社会だったのだから、それ以外の宗教を信じる人たちも、そこに暮らす限りはその社会の伝統に敬意を払い、従うべきだ」というものだった。

他愛もない教室での「アンケート」だったが、この問いは大きな問題につながっているように思う。

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最近、ヨーロッパでは移民の制限や排撃を政策に掲げる極右の政党が勢力を伸ばしている。東欧のように、中東や小アジアなどからの移民が合法的であれ不法であれ、どんどん流入してきている地域だけでなく、北欧のようにこれまで中東やアフリカからの移民を積極的に受け入れてきた国々でも、移民問題に強硬な姿勢を示す政党が支持を拡大している。

そうした極右政党の主張は、これまで政府や既成政党は移民の受け入れなどに関し、寛容すぎたというものである。彼等はまた、政府は国内に受け入れた外国出身者に配慮するあまり、自分たちの国の伝統や習慣を放棄してしまっている、とも訴える。

北欧のデンマークでも、デンマーク人民党という極右の勢力が支持を拡大している。デンマークの地方都市の中には、キリスト教以外の信仰を持つ人のことを考えて、これまで市役所の前に毎年立ててきたクリスマスツリーの設置を取りやめたところもあるが、人民党はそうした措置は過剰な配慮であり、デンマークという国の伝統と習慣を破壊するものだと強く批判している。

デンマークの学校の給食では、豚肉の入ったミートボールが定番のおかずだったのだが、自治体の中には豚肉を食べないイスラム教徒に配慮して、そのメニューを廃止したところも現われた。極右政党はこのことも激しく攻撃している。そうした極右の主張に対しては、普通の市民層から一定の支持が寄せられるようになってきている。支持層の中からは、「移民たちはデンマークという国を選んでやってきたのだから、この国の伝統や習慣をもっと尊重しなさい」という声が聞こえてくる。

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ここまでご紹介してきたような問題を、皆さんはどのようにお考えになるだろうか。世界の歴史を振り返ってみれば、人類にとって最大の課題は「自分とは違った考えの人たちに対して、如何にして寛容を保っていくか。自分と違う思想や信仰とどのように共存していくか」ということだった。この、寛容を保つということが如何に難しいかは、歴史の幾多の悲劇が教える通りである。「寛容は非寛容に対しても寛容であるべきか」という問いは人類永遠の課題だろう。そして人類の歴史は、寛容が非寛容によって押しまくられてきた歴史だと言えるのかもしれない。しかしそうではあっても多分、寛容は非寛容に対しても寛容でなければならないのだろう。

※移民が多いと言いながらも、フランスではキリスト教信者が社会の多数を占めていることを反映し(ふだん教会に行っているかどうかは別として)、現在でもカードの文句は‘Joyeux Noël’ というのが多いようだ。ただクリスマス時期の挨拶としては、異教徒に対しては、‘Joyeux Noël’ではなく‘Bonne Fête’と声を掛ける人も少なくない。
政教分離や公的機関の非宗教化ということにきわめて厳格なフランスが、こうしたことに関してはアメリカほど神経質でない、という点はちょっと面白い。

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