木俣元一(美術史、名古屋大学大学院文学研究科教授)(元の記事はこちら)
実用と関係なくフランス語と付き合う
私がまだ学部の学生だった頃に、九州大学から日本の仏教美術史を研究している先生が、非常勤講師として名大へ教えに来られたことがある。その先生が講義の合間にしてくださったお話しのなかで、今でもよく覚えているのは、「ぼくは毎日フランス語を読んでいるんだ」と言われてびっくりしたことだ。日本の仏教美術とフランス語がうまい具合に結びつかなかったからである。もうひとつびっくりしたのは、「なぜ読むかというとだね、それは、頭の訓練になるからだよ」と言われたことで、研究上の必要性からフランス語を読むのではなく、論理的思考力を鍛えるためにフランス語を毎日読んでいるそうなのである。今このことを思いだしながら感じるのは、なんて贅沢なことなんだろう、ということだ。学んだ外国語を実際に使うのも楽しいが、フランス語で会話をしたり、論文を書いたりしなくても、こんな付き合い方もあるのですね。
エミール・マールを読もう
エミール・マール(Emile Mâle)の名前を聞いたことがあるだろうか。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、パリのソルボンヌ大学で中世美術史を教えていた教授で、フランス中世の図像学に関する著作がたくさん翻訳されている。私が学生だった頃、研究室にあったマールの原書がきれいなマーブル紙で装幀されていることを、当時の指導教員だった辻佐保子先生に告げたところ、「その本はきれいなだけじゃないのよ」と言われたことをよく覚えている。たしかにきれいなだけの本でないことは、少しフランス語が読めるようになった頃にマールの原書に挑戦したときによく分かった。フランス語がきわめて明快ですぐに頭に入ってくるので、どんどん読めてしまうのである。しかも、すごく面白い。プルーストが大好きだったというマールの本を、文法をある程度覚えたら、ぜひフランス語で読んでほしい。