やせ細る欧州の文化活動援助(河村雅隆)

河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)

クリスマスが近づくと、ニューヨークにあるオーケストラから、「あなたの善意が私たちの活動を支えている」という内容の寄付を求めるメールが届く。NYにいた時、私はその楽団のいちばん安いクラスの年間会員になっていた。登録したデータが残っているのだろう。その街を離れて何年にもなるが、毎年この季節になると、連絡はクリスマスカードのように私の許へやってくる。受け取ったメールを眺めているうち、Big Appleで過ごした懐かしい時間のことを思い出して、毎年、少額の寄付をさせていただく。そういう自分を発見するたび、積極的でシステマティックな募金活動はいかにもアメリカらしいな、と感じてしまう。アメリカでは、個人も寄付(ドネーション)をごく当たり前のように行う。確定申告の際、寄付した金額を所得から控除できるという制度的な裏付けもあって、個人による寄付は社会の中に完全に定着している。

一方ヨーロッパではこれまで、個人による小口の寄付の習慣がアメリカほど定着してこなかった。伝統的に欧州には、「文化とは経済的な尺度で測りにくいものだ」という考え方が根強く存在している。通常の商品やサービスの場合、どんな商品やサービスが選択されて、生き残っていくかを決定するのは市場だが、「文化活動については市場による選択というやり方はなじまない」と多くの人たちが考えてきた。文化活動は商品ではないのだから、多くの人が選ぶものではなくても社会にとって必要な活動は存在するし、それに対して国や自治体が援助するのは当然だ、と考えてきたのである。そのような考え方に基づいた公的援助は文化団体の収入の大きな柱となってきた。

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ギリシャやポルトガルなどの財政危機以来、ヨーロッパの各国政府は支出の削減を政策の前面に打ち出している。フランスのオランド大統領は就任直後こそ、財政出動をてこに経済の活性化を図る方針を明言していたが、その後、政府主導の景気刺激策は尻すぼみの感が否めない。欧州各国は支出のカットに躍起になっており、長年行われてきた給付や慣行を次々に見直している。文化的な活動に対する補助金のあり方もあらゆる場で再検討されており、メディアでは文化活動に対する援助の削減や廃止の問題がよく取り上げられる。

イタリアではミラノの歌劇場スカラ座に対する政府からの援助が大幅に減らされ、年間900万米ドルもの資金が不足する見込みになったという。オランダでは芸術活動に対する国の援助が25パーセントも減額された。

これまで公的援助に頼る収入の構造が出来上がってきただけに、公的援助の削減は文化団体にとってきわめて大きな痛手となっている。援助の急激な削減に対しては、文化団体や市民による見直しを求める集会やデモも行われている。掲げられたプラカードには、「芸術は未来への投資だ」とか「我々はオペラに行く権利を持っている」といった文字が躍る。

しかし財政の悪化は、国や自治体が文化活動や団体に対して、これまで通りの支援を行うことをきわめて難しくしている。ドイツやフランスでは文化活動に対する援助は、国のイメージを高めることに直接つながるような分野、例えば映画などに集中させていったらどうかといった議論が現実のものとなっている。

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こうした公的補助見直しの影響をいちばん受けているのは、小さな、実験的な活動を行う劇団や団体だと言われている。大きな劇団やオーケストラや美術館などは一定の支持層と財政的な基盤を持っているのに対し、そういったものを持たない小さな団体にとって、支援の削減は特に深刻な打撃である。

もちろん伝統を誇るオーケストラだって大変である。景気の良かった時代、公演旅行でアメリカの東海岸を訪れたヨーロッパの楽団は、さらにそこから中西部や西部まで足を伸ばすことも珍しくなかった。しかし、最近ではそういったことはめっきり少なくなった。アメリカ各地を回る日程を組むためには、欧州のオーケストラはアメリカにおける興行のパートナーから一定の収入の保証を求められることがあるが、そうした負担に耐えられるヨーロッパの楽団はごく限られている。

またヨーロッパでは、演劇の演目の選択にも変化が現われていて、大人数の人間が登場する舞台より、登場人数の限られた芝居の方が、予算面の事情からよく上演されるようになっているのだという。

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これまでアメリカでは、個人以外の法人もメセナというかたちで社会貢献を行うのが当たり前のことになってきた。もちろん景気が良かった時代ほど盛んではないが、それでもメセナの伝統は消えてはいない。今やヨーロッパの文化団体は海を越えてアメリカ企業や財団のメセナに殺到しており、限られたパイを巡ってアメリカの文化団体と激しい競争を展開している。

先日、文化活動を行っているアメリカ人の知人と再会したが、彼のところには最近、ヨーロッパの文化団体から「どうすればアメリカの企業や財団から援助を得ることができるか、教えてくれ」という問い合わせが寄せられているのだという。ニューヨークのオーケストラへの送金手続きをしながら、「そんなものがあったら、こちらが教えてもらいたいくらいだよ」と苦笑していた彼の表情を思い出した。

 

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