河村雅隆(メディア論、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授)
今、フランスでは来年春に行われる大統領選挙をめぐって、様々な政治的な動きが繰り広げられている。そうした中、人々の最大の関心は、極右・国民戦線がどこまで第一回投票で有権者の支持を獲得するか、第二回の決選投票に進出するのかという点だろう。
緊迫した政治状況を反映して、フランスの出版界では最近「政治フィクション」とでも言うべき書物が何冊も発行されている。フランスでは政治や社会の動きをフィクションという設定の中で風刺的に描くことはヴォルテール以来の伝統とされるが、そうした流れの中で今回の書物も登場してきているのだろう。
近刊の小説の中には、「現職のオランド大統領とマリーヌ・ルペン国民戦線党首との間で行われることになった決選投票の最中、FNの創始者でマリーヌ現党首の父親であるジャン=マリー・ルペン氏が心臓発作で急逝する。決選投票の結果、共和国大統領の座に就いたマリーヌ・ルペンは、ジャン=マリー・ルペンの国葬を(!)大々的に行うことを決定する」などというストーリーのものもある。
またBD(いわゆる劇画)では、大統領選挙に勝利したFNが国内においては右派・共和党の分裂を誘い、対外的にはユーロ圏とNATOから脱退し、さらにはドイツとの協調路線を放棄してロシアに急接近するという近未来フィクションも人気を集めている。このシナリオはフィクションというより、「FNの大統領が誕生したら必ずこうなる」というリアリティにあふれている。
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去年7月20日、私はこの欄で、フランスの国民戦線(FN)の急激な伸長とメディアの「貢献」との関係に関して短い文章を書いた*。その中で私は、1970年代にはほとんど無名の存在だった国民戦線が、80年代半ば以降、急速に勢力を拡大したのは、当時の党首、ジャン=マリー・ルペンの巧みなメディア戦略があったからだという見方を紹介した。
* 「メディアが国民戦線を作ったのか」(2015年7月20日)
その分析によれば、ルペンは新聞や放送のインタビューなどに登場する機会をとらえ、意識的に過激な発言を行ったのだとされる。移民や社会の弱者を公然と傷つける彼の発言は当然、社会の反発を招いたが、それに対するルペンの反論は再びメディアに大きく扱われ、彼の主張は次第に人々の頭に刷り込まれていったというのである。
その文章に関連して、最近友人から、「トランプはルペンからメディア戦略を学んだのではないか。そのことを示す資料はないのか」と訊かれた。残念ながら、トランプ候補が国民戦線の情報戦略を研究したという資料は見たことがない。しかし、アメリカでは政治家にメディア・コンサルタントがついているのは常識だから、トランプ陣営にフランスの極右の動きを分析した「振り付け役」がいたとしても何らおかしくはない。以前私はワシントンで、メディア・コンサルタントと称する人の話を聞いたことがあるが、彼はどのようなメディア(伝達チャンネル)に登場すれば、どのような人たちにクライアント(候補者)のメッセージがリーチするかということについて、驚くほど詳細な分析を行っていた。
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上のようなことを考えていたところ、最近、ニューヨーク・タイムズにニコラス・クリストフ記者による、「トランプ現象」とメディアとの関係についての分析が出ていた(2016年3月27日付)。その中でクリストフ氏は次のように言う。
「メディアは、トランプや一部の共和党支持者の発言を人種間の敵意をあおるものだとして非難する。しかし彼に力を与えたもうひとつ存在はメディアである。メディアの大きな失敗は、トランプに簡単にマイクを渡してしまったことだ。トランプなら視聴率が稼げるし、彼ならいつも何かをしでかしてくれそうだ、とメディアは考えたのだ」
その上で、クリストフ記者はこう文章を締めくくっていた。
「ジャーナリストの多くはトランプを馬鹿にしてきたが、実は彼の方が一枚上手なのだ。彼は常軌を逸した発言でカメラをひきつけ、テレビを巧みに操った。・・・ジャーナリズムは自省すべき時を迎えている。ジャーナリズムは扇動者に力を与え、国民を失望させた。我々は番犬ではなく、愛玩犬だったのだ」
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ルペンやトランプの問題は、まさに我々自身の問題でもある。前述の去年7月20日の本欄にも書いたことだが、日本の視聴者には、「テレビの画面に取り上げられているものは、世間に公認されているものだ」と受け取る傾向がきわめて強い。たとえばヘイトスピーチを繰り返している団体だって、いったんテレビの画面に登場するようになれば、あっという間にまっとうな政治勢力として認知されてしまう可能性は十分にある。マスメディアには、「何を伝えるか」と同時に「何を伝えないか」という責任も問われている、という当たり前のことをあらためて思う。
政治フィクションの劇画のひとつ。文中で触れたものとは別物です。